大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)20948号 判決

原告

市原時江

被告

東京土屋運輸株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六八万四七八一円及びこれに対する平成九年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、五〇分の一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月二一日(訴状送達の日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(原告は、被告東京土屋運輸株式会社に対しては、後記のとおり、民法七一五条一項に基づいて損害賠償を求めていると解することができるから、連帯して支払うことを求めているものと解することができる。)。

第二事案の概要

本件は、自転車に乗っていた者が、道路の右側を通行してT字路交差点を直進し、左折する対向車両と衝突した交通事故について、自転車に乗っていた者が、対向車両を運転していた運転者とその雇用者に対し、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成八年四月四日午前九時五五分ころ

(二) 発生場所 千葉県浦安市当代島一丁目二番二五号の路上

(三) 加害車両 被告竹内雅行が運転していた普通貨物自動車(足立四四を七七九)

(四) 被害車両 原告が運転していた自転車

(五) 事故態様 左折をした加害車両と直進した被害車両が衝突した。

2  責任原因

被告竹内雅行は、直進する被害車両の動向に注意して左折すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

被告東京土屋運輸株式会社(以下「被告東京土屋運輸」という。)は、被告竹内雅行を雇用し、本件事故は、その業務中に発生したものであるから、民法七一五条一項に基づき、被告竹内雅行と連帯して原告に生じた損害を賠償する義務がある(原告が主張する被告東京土屋運輸が損害賠償義務を負担する根拠は必ずしも明らかでなく、民法七一五条一項を引用していないが、主張する内容からすると、このように理解することができ、被告もこの事実関係を認めている。)。

二  争点

1  事故態様(ただし、過失割合は争いがない。)

(被告らの主張)

加害車両は、本件事故発生場所の交差点を左折しようとして、その左側を直進しようとした被害車両を巻込んで衝突させた。この事故状況に照らすと、原告にも一割の過失がある。

(原告の反論)

原告は、道路の右側を通行し、本件事故発生場所の交差点を直進しようとして、対向してきてこの交差点を左折しようとした加害車両と衝突した。この事故状況に照らすと、原告にも一割の過失があることは認める。

2  後遺障害の内容及び程度

(原告の主張)

原告は、本件事故により靭帯を損傷し、現在、左足首の関節を曲げることができず、歩行が困難である。将来は、足首から切断して義足か車椅子を利用しなければならず、労働能力を一〇〇パーセント失った。

(被告らの反論)

原告は、浦安市川市民病院(当時は浦安市市川市病院組合葛南病院、以下「葛南病院」という。)に通院し、平成八年五月二一日に症状は固定し、自覚症状として「左足関節腫脹及び疼痛、階段下降時疼痛」が、他覚症状として「左足関節部の腫脹及び疼痛」が残存しており、これらの症状について、増悪は考えられないが緩解は不明であると診断されていた。その後、浦安サンクリニックに通院していたが、この病院においても、原告に残存する神経症状を医学的に説明することができる他覚的所見はなかったのであるから、原告の後遺障害は自賠法施行令二条別表(以下「自賠法別表」という。)の第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」を超えるものではない。

3  損害額(逸失利益、慰謝料)

第三争点に対する判断

一  事故態様(争点1)

1  証拠(乙三、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

本件事故発生場所はT字路交差点であり、原告は、被害車両に乗って道路の右側を通行し、この交差点を直進しようとした。加害車両は、原告の反対方向からこの交差点までを直進してきて、交差点を左折しようとし、直進してきた被害車両に衝突し、原告は転倒した。

2  この認定事実に対し、被害車両は加害車両と同一方向から道路の左側を進行してきて左折しようとした加害車両と接触して転倒したとする証拠(乙三)がある。しかし、この証拠は、被告竹内雅行の上司が事故状況を報告した書面であり(乙三)、内容は伝聞にわたる上、交通事故証明書記載の事故類型は出会い頭衝突となっている(甲一〇)。原告本人が、道路の右側を通行してきたとして、自らに有利でない事実をも供述していることをも併せて考えると、この証拠の内容は直ちには採用できない。

3  右の認定事実によれば、原告も、道路の右側を通行し、対向車が左折する方向に道路があるT字路交差点を直進する以上、その左折路を横断することになるのであるから、対向車の動向に注意をして直進する注意義務があるところ、これを怠り、加害車両と衝突した過失がある。

原告には、道路の右側を通行していた問題はあるものの、被告竹内雅行には、被害車両の動向を十分認識することができたと推認できるから、直進する自転車と交差点を左折する貨物自動車との衝突事故であることを重視し、原告の過失割合は一割とするのが相当である(原告は、一割の過失割合を自認し、被告らも、原告の過失が一割であることを認めているが、これは評価の問題であり、被告らが提出した証拠(乙三)の事故態様が原告の主張と異なっているので、念のため判断した。)。

二  後遺障害の内容及び程度(争点2)

1  争いのない事実及び証拠(甲四、九、一一、一五、乙一、二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和三二年一一月二一日生まれ)は、本件事故直後、葛南病院において診察を受け、右示指挫傷、左膝挫傷・打撲、左足関節捻挫で全治二週間の診断を受けた。翌日(平成八年四月五日)も葛南病院で診察治療を受けたところ、左膝に特に異常はなかったが、左足首に圧痛や腫脹が認められ、靭帯というよりも関節の損傷でなるべく荷重しないように指導を受けた。その後、腫脹は認められたが、靭帯痛は認められず、レントゲン写真でも異常は認められなかった。こうして同年五月九日まで合計五日通院し、左足関節腫脹及び疼痛が残存し、階段下降時に痛みがあるとして同年五月二一日で症状が固定した旨の診断を受けた。この際の医師の診断は、増悪は考えられないが、緩解は不明であるとのことであった。原告は、自賠責保険の被害者請求を行ったが、後遺障害について非該当であると判断された。原告は、これに異議申立てをしたが、レントゲン写真に外傷所見がなく、神経学的にも有意な多角的所見がないとの理由により、同年七月二六日、またも非該当と判断された。

(二) 原告は、平成八年八月一五日から浦安サンクリニックで治療を受けるようになり、しばらくは一か月に一〇日以上の頻度で通院し、消炎鎮痛剤とリハビリによる治療を受けていた。同年九月一四日の時点でも左足の背屈ができず、同年一一月八日、浦安サンクリニックで左足関節捻挫及び靭帯損傷で六か月以内の加療が必要であるとの診断を受けた。原告は、この診断を前提に、再度、自賠責保険の被害者請求における異議申立てをし、自賠法別表第一四級一〇号に該当する旨の認定を受けた。原告は、その後も浦安サンクリニックに通院を続け、同様の治療を継続し、担当医師は、同年一二月一二日には症状固定と判断していた。そして、原告の通院回数はしだいに減少し、担当医師から治療を継続するか否かは原告に任せると言われた。そこで、原告は、平成九年四月一九日、第二、三趾に力が入りづらく、背屈に制限があり、足を外転しないと座位になれない上、腫脹は依然として存在する旨の診断を受け、その後、通院を止めることにした。

(三) 原告は、現在も通常歩行するときはつま先が反り返らず、足を外側に向けてベタ足のような状態で歩く必要がある。原告は、本件事故当時、主婦をしていたが、立ち続けたりすることができず、家事をするに際し、支障がある状態である。

2  この認定事実に対し、原告は、本人尋問において、浦安サンクリニックの医師は、踵とアキレス腱の部分の筋肉が壊死し始めており、将来は背屈も底屈もできなくなり、つま先が曲がらなくなった時点で足首を切断して義足を付けるか車椅子での生活になったり 手術が必要になる可能性があると説明していたと供述する。しかし、浦安サンクリニックのカルテ(甲一五、乙二)や診断書(甲四、五)には、それをうかがわせる記述すらなく かえって、平成八年一一月の時点で必要と診断された加療が六か月以内であること(甲四)、その内容も消炎鎮痛剤やリハビリによるものであること(甲一五、乙二)、医師が治療の継続を原告に任せると述べたこと(原告本人)、そもそも、葛南病院の通院を中止した後約三か月間通院をしていなかったことは、そこまで深刻な状態であることに疑問を投げかける事情といえる。その他、原告の供述を医学的に裏付ける証拠はなく、したがって、原告の右の供述は採用できない。

3  これらの事実によれば、原告の症状は、少なくとも平成八年一二月一二日の時点で固定しているということができ、足首に背屈制限や腫脹などの症状が残存しているが、その原因について他覚的所見は明らかでない。しかしながら、症状の部位、内容についての主訴は事故直後からおおむね一貫しており、その通院頻度を併せ考えると、特に誇張された訴えであるといった事情もうかがわれない。これらの諸事情と、症状固定後も残存した症状の内容及び程度を総合すると、原告には、自賠法施行令二条別表に定める後遺障害等級第一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当あるいはそれに準ずる(必ずしも神経症状といえるか定かではないので)程度の後遺障害が残存したものと認めるのが相当である。

三  損害額(争点3)

1  逸失利益(請求額 後遺症慰謝料と併せて五〇〇〇万円)

原告の後遺障害の内容及び程度(特に、現時点でも症状はそれほど緩和されていないこと)、原告が家事労働を行っていること等に照らすと、原告は、症状固定時から五年間の限度で五パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。

原告は、家事労働を行っているのであるから、平成八年賃金センサスの女子労働者・学歴計の平均収入である年間三三五万一五〇〇円を基礎とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して症状固定時の逸失利益の現価を算出すると(係数三・五四五九)、五九万四二〇四円となる。

3,351,500×0.05×3.5459=594,204

2  慰謝料(請求額 逸失利益と併せて五〇〇〇万円)

原告の後遺障害の内容及び程度に照らすと、この後遺障害による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、一〇〇万円を認めるのが相当である。

3  過失相殺及び損害のてん補

原告の後遺障害に基づく損害の合計額は、一五九万四二〇二円となるから、本件事故に寄与した原告の過失割合である一割を減ずると、過失相殺後の金額は、一四三万四七八一円(一円未満切捨)となる。

原告は、自賠責保険から七五万円の支払を受けているので(甲七)、これを右の損害額から控除すると、原告の損害額の残金は、六八万四七八一円となる。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、被告らに対して不法行為に基づく損害賠償として金六八万四七八一円及びこれに対する平成九年一一月二一日(不法行為の日以降の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例